境界知能をもつ受刑者・出所者の再犯防止に向けて
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はじめに
2025年6月、従来の懲役刑と禁固刑が統合され、新たに拘禁刑が創設された。これは、刑務作業を必須とする従来の懲罰・指導中心の処遇から、受刑者の特性に応じた支援重視の処遇へと転換し、更生及び再犯防止の一層の推進を図るものである。
再犯防止は、かねてより日本の刑事政策における最重要課題である。『令和7年版再犯防止推進白書』によれば、2024(令和6)年の刑法犯再犯者率(刑法犯検挙者数に占める再犯者数の割合)は46.2%、2023(令和5)年の2年以内再入率(各年の出所受刑者数に占める、出所から2年目(翌年)の年末までに再入所した者の割合)は13.8%であり、再犯に至る者の割合は決して少なくない。
再犯の背景には、何らかの生きづらさや社会生活上の困難が存在すると考えられる。『令和7年版犯罪白書』では、入所受刑者のうち精神障害を有する者(知的障害、人格障害、神経症性障害、発達障害、精神作用物質使用による精神及び行動の障害、統合失調症、気分障害及びその他の精神障害を有すると診断された者)が22%を占めると報告されている。こうした状況を踏まえ、『第二次再犯防止推進計画』においても、高齢や障害等、社会生活上の困難を抱える受刑者・出所者への支援が施策として掲げられている。
しかし、現行の制度枠組みや統計分類では十分に可視化されていないのが、「境界知能」をもつ受刑者・出所者の存在である。本稿では、この「境界知能」をもつ受刑者・出所者の再犯防止という課題の重要性を明らかにするとともに、その課題解決に向けた方向性の検討を目的とする。
境界知能とは
境界知能とは、知的障害(多くの場合IQ69以下が目安)には該当しないものの、IQ70~84の範囲にあり、学習、就労、その他抽象的思考、判断力、対人関係等、社会生活に困難を抱えやすい状態を指す。日本では約1,700万人(人口の約14%)が境界知能に該当すると推計されている(古荘,2024)。
境界知能をもつ者は、自身の困難の認識や援助希求が難しく、周囲からも支援の必要性を見落とされがちである。学齢期は、特別支援教育の対象となりづらく、学習内容を十分に理解しないまま進級・進学することも少なくない。また就労においては、障害者手帳の取得(自治体により異なるが、知的障害の場合、 IQ70~75以下であることが一つの基準となる)に至らない場合、一般枠での就職活動を余儀なくされ、結果として就労継続の困難さや離職リスクが高まる。
このように、境界知能をもつ者は認知特性に起因する困難が生じやすく、支援ニーズは高いにもかかわらず、多くの領域において現行制度上、支援対象として明確には位置づけられていない。その結果、制度の空白地帯、あるいは制度の狭間に置かれているのである。
境界知能をもつ者の再犯リスク
本項では、境界知能を持つ受刑者・出所者の再犯防止がなぜ重要な課題であるのかを明らかにする。
まず、受刑者に占める境界知能をもつ者の割合である。宮口幸治による『ケーキの切れない非行少年たち』(2019)では、算定方法の妥当性には留保を付しつつも、2017年に入所した受刑者のうち約34%が境界知能に相当すると推計している。同様の方法(CAPAS能力検査*値70~79、及び同80~89の半数の合計)で筆者が矯正統計(法務省)の最新(2024年)データを元に推計すると、新受刑者の約35%が境界知能に相当した。CAPAS能力検査値がWAIS等で測られるIQ値とは必ずしも一致しない点を考慮しても、決して少なくないことがわかる。
では、境界知能をもつ者のどのような特性・困難が、どのように犯罪と関連するのか。以下では、宮口(2019)の指摘を参考に、犯罪との関連において特に重要と思われる二つの側面を取り上げ整理する。なお、境界知能そのものが犯罪と直接結びつくわけではない点には留意が必要である。
第一は、「計画や見通しのもちづらさ」という認知特性である。これは、複数の選択肢から行動を選択する際に、その行動が将来もたらす結果を具体的に想像する力の弱さと換言できる。たとえば、金銭に困窮した際、「知人をだます」「窃盗に及ぶ」といった手段を選択してしまい、その結果を十分に見通した判断が難しいのである。近年社会問題化している「闇バイト」に、境界知能をもつ者が加担した事例も確認されており、こうした特性が背景にあると考えられる。
第二は、就労継続に関する困難である。就労の継続が困難になる理由は様々であるが、業務習得に必要な記憶力の弱さ、対人関係の齟齬、失敗時の援助希求の困難等が挙げられる。加えて、出所者の中には建設現場等での肉体労働に従事する者も多いが、境界知能をもつ者にしばしば見られる「身体的な不器用さ」があると、肉体労働においても就労の機続が困難になることがある。
こうした状況に対し、矯正施設での取組が皆無なわけではない。『令和3年版再犯防止推進白書』によれば、再犯防止の取組の一環として、「福祉的支援の対象外であるものの、知的能力に制約がある、あるいは集中力が続かないなどの特性を有しているため、一般就労が困難あるいは継続できない、一般就労と福祉的支援の狭間にある者」を対象とし、広島刑務所では認知機能の訓練(コグトレ)による就労移行準備指導が実施されている。この種の取組は他の施設でも散見されるようになり、宮口(2019)もその有効性を指摘している。
以上から、境界知能をもつ受刑者の支援ニーズの大きさは明らかである。一方で、そのような受刑者が着実に社会復帰していくための制度は未整備であり、かつ、彼ら自身が既存の制度にアクセスする力はしばしば乏しいことから、結果として再犯のリスクが高まっていると考えられる。
*CAPAS能力検査:刑事施設において受刑者の知的能力の把握に使われるアセスメントツール。
制度整備の必要性
以上述べてきたような境界知能をもつ受刑者・出所者を適切に支援するためには、体系的かつ一貫した制度整備が不可欠である。
図 境界知能の受刑者・出所者を想定した制度整備
まず、再犯リスクが出所直後に高まること、そして適切なアセスメントには一定の時間を要することを踏まえると、出所後に支援対象者を特定することは現実的ではない。したがって、受刑中から出所後まで一貫した支援を行うことができる枠組みを構築する必要がある。特に受刑段階から、境界知能を前提としたスクリーニングやアセスメントを、出所後の支援に連続する形で実施し、その後の支援へつなげる仕組みを整えることが、支援体制の基盤となる。
また、これまで述べてきたように、現行制度の要件や対象区分では、境界知能をもつ者を取りこぼしやすい構造となっている。さらに、境界知能をもつ受刑者・出所者は、支援が必要な領域や程度が多岐にわたるため、柔軟性のある仕組みが望ましい。したがって、受刑段階から出所後を見据え、就労、福祉、さらには医療、教育といった各領域を横断できるようなモデルが必要である。併せて、境界知能の特性を正確に理解し、複数の制度を適切に組み合わせながら支援できる専門人材の育成も欠かせない。
さらに、施策の立案・展開にあたっては、境界知能及びその支援の在り方について、定義や概念を整理し、明確化することが基礎条件であると同時に、今後の優先的課題でもある。日本では、刑事制度を含む多くの領域において、境界知能を明確に支援対象とする法制度が存在していない。しかし、司法領域における疫学的な規模も踏まえると、より実効性のある支援の実現に向けて、可能な限り曖昧さを排した丁寧な議論が必要であろう。
以上のように、支援ニーズの大きさに比して制度整備は喫緊の課題であるが、決して暗中模索というわけではない。前述のように境界知能を想定していると考えられる取組や、高齢者や障害のある者等に対する地域生活定着促進事業等の取組も見られる。また、「境界知能」は少年非行の文脈で取り上げられてきた(例:宮口(2019),高橋ら(2025))という経緯もある。これら先行的な取組や知見は今後の制度化への重要な足掛かりとなるだろう。
おわりに
本稿は、境界知能をもつ受刑者・出所者が既存の制度の狭間に置かれ、社会的孤立を深めることで再犯リスクを高めている構造を明らかにしてきた。支援をめぐる多くの分野と同様に、領域横断的な連携は容易ではなく、管轄が異なる場合にはさらに難易度が高まる。また、受刑者・出所者の場合は、個人情報の点でも慎重な対応が求められるという現実がある。
境界知能をもつ受刑者・出所者が、“真の社会復帰”を果たすために、何が最も有効であるのかという視点を含め、今後も継続的かつ実証的な検討・議論が求められる。
【引用文献・参考資料】
古荘純一.“境界知能 教室からも福祉からも見落とされる知的ボーダーの人たち”.1刷,合同出版,2024,pp.10-11, pp.52-55.
法務省.“令和3年版再犯防止推進白書”.1版,日経印刷,2022,pp.84-85.
宮口幸治.“ケーキの切れない非行少年たち”.36刷,新潮社,2019,pp.36-37, p.55, p.67,pp.84-86,p.105-115.
高橋智, 内藤千尋, 田部絢子. “「ボーダーライン知的機能(境界知能)」を有する非行少年の発達困難・ニーズと発達支援の課題 : 少年院在院少年の面接法調査から“. 『障害者問題研究』, 2025.8, 53 ,(2), pp.107-113.
法務省.“拘禁刑下の矯正処遇等について(令和8年1月9日現在)”.法務省ホームページ.https://www.moj.go.jp/kyousei1/kyousei05_00164.html,(最終閲覧:2026.1.23).
法務省.“矯正統計調査 矯正統計”.e-Stat.https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0003272544,(最終閲覧:2026.1.22).
法務省.“令和7年版再犯防止推進白書(概要)”.法務省ホームページ. https://www.moj.go.jp/content/001451881.pdf,(最終閲覧:2026.1.5).
法務省総合研究所.“令和7年版犯罪白書”.法務省ホームページ.https://www.moj.go.jp/content/001451875.pdf,(最終閲覧:2026.1.5).
(執筆:富士通株式会社 パブリックコンサルティング事業部 城下実和)