ケアの論理再び―東アジアにおける役割分業
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2005年、韓国で「私の結婚遠征記」という映画が上映され話題となった。韓国放送公社(KBS)のドキュメンタリー「人間劇場:老総角ウズベクへ行く」をモチーフに、地方の未婚男性たちが、中央アジアのウズベキスタンに行き、花嫁を探しに行く結婚遠征を描いている。韓国語で「老総角」とは、婚期を過ぎた未婚男性という意味。この映画が反響を呼んだのは、1990年代から徐々に増えてきた国際結婚が、映画が公開された2005年には急増していたからだ。韓国は2006年をピークに、特に地方の農村や漁村に、多くの外国人花嫁が嫁いできた。主な出身国は中国、ベトナム、フィリピン、ウズベキスタンなどである。
日本も、かつて地方に嫁ぐ外国人花嫁が多い時期があった。1980年代から1990年代にかけて、韓国や中国から、特に日本の農村に嫁ぎ、農業に関する事前知識もなく、嫁いできては必死に農業に携わりながら、夫、子供、そして夫の家族のケアを一気に担う、いわゆる「肝っ玉母さん」として、奮闘している。韓国においても、かつての日本と同じように、家業を手伝いながら、家族のケアを一気に担う外国人の「孝女」たちが、日々奮闘している。
ただ、女性が海を越えて嫁ぐ現象は、今に始まったことではない。かつて、日本統治時代に、海を越えて朝鮮半島の男性に嫁いだ日本人女性たちがいる。その日本人女性たちも、当時は、必死に働き、家族のケアに従事した。だが、戦争により夫と死別した者、戦後離婚した者、どこも行き場のない日本人女性たちが生活に困窮し、その女性たちが一時的にも長期的にも受け入れた福祉施設の「ナザレ園」が、韓国慶尚北道の慶州市にある。ここに住んでいる日本人女性たちの話に耳を傾けてみると、ほぼ全員が、夫、子供、夫の家族のケアに人生を捧げたということを口にする。
近年、移民研究では「移民の女性化」が議論されるが、1980年代以降、アジアにおいて多くの女性たちが国境を越えて新しい機会を求めている。大きな要因は、特に日韓などの著しい経済発展だ。若者は都市へと流れ、地方のお嫁さん候補が激減した。急激な高齢化で家事労働や介護人材も不足している。「不足」を補うため、近年日韓では外国人の家事労働人材や介護人材を受け入れている。
アジアにおける移民の女性化は、日本や韓国という家父長的社会において、いまだに根強く存在する伝統的なジェンダー観や性別役割分業に起因していると考えられる。日韓における結婚移民を巡っては、外国人花嫁はその女性性(femininity)ゆえに求められ、両国でも急増している。家事労働人材や介護人材に関しても、「家事や介護は女性が担うもの」というジェンダーバイアスがその根底にあり、多くの外国人女性が、日本や韓国において家事労働や介護人材として求められている。
しかし、母国を離れて海を渡る外国人花嫁も、家事労働や介護人材たちも、日本や韓国において、さまざまな困難に立ち向かわなければならず、彼女たちの人権侵害の問題も少なくない。
ここで一つ考えなければならないことは、この越境する女性たちは、果たして主体性(agency)を持って越境しているのか、それとも一種の搾取なのかという問いである。資本主義社会において、移民の女性化は、単純に需要と供給というロジックで語られてしまうが、これは結果的に女性を「商品化」しているのではないか。
もう一つ問題提起したいのは、社会のあらゆる場面における女性への「依存」という点だ。米国の哲学者エヴァ・フェダー・キテイ氏は、家事・育児・介護といった「愛の労働」(Love’s Labour)は、女性への依存は避けられないにもかかわらず、この依存についての制度的・学問的検討がまだ足りないと主張している。
2025年10月、日本にも史上はじめての女性総理が誕生した。韓国でも2013年2月に史上初めての女性大統領が誕生した。女性のリーダーに期待するのは、こういった愛の労働ゆえに女性に依存する社会について、それを是正する制度や政策が強く求められる。