公共政策を制約するもの
- 東北大学
- 公共政策
- 少子高齢化
- 人口減少
意思決定には制約がつきものだ。公共政策の立案過程もその例外ではない。将来に向けたあるべき理想像を展望する構想力に加え、その構想を具体的な施策に落とし込む実現力が政策担当者には欠かせないが、理念を具体化する際、政策の可能性と不可能性を左右する制約条件に誰もが直面する。
政策立案に当たり行政の担当者が真っ先に頭に思い浮かぶ制約条件は何だろうか。日常的な感覚でいえば、直属の上司であったり、中央府省であれば大臣、地方自治体であれば首長であったり、といった組織構造上の権限関係に基づく上位の意思決定者の方針がまずは考えられる。行政の活動が法令に基づくものである以上、ルール上の制約も大きい。財政難が続く今日にあっては、財源不足も頭痛の種だ。財政部門との調整には誰もが頭を悩ませていることだろう。当然ながら、政策の名宛人であるところの国民、住民、業界関係者、最終的な決定権を握る政治部門の意向といったものも政策形成に大きな影響を与える。
それらのミクロあるいはメゾレベルの諸要素に加え、マクロなレベルにおける構造的な外部環境は、政策形成を一定の範囲のなかに否が応でも抑え込む効果をもつ。人の意図のもとに短期的変化を起こすことが困難であるという意味において「構造的」な外部環境要素といえる筆頭は気候変動だが、今ひとつ大きいのは人口構造である。毎年の出生数や出生率は頻繁に変動するものの、人口構造自体は急速には変化せず安定的である。したがって、人口動態や構造の状況把握は政策立案に向けた作業の第一歩となる。
図1は出生数と合計特殊出生率の推移を表している。一見して分かるのは、戦後、2回のベビーブームがあったこと、そして第3次ベビーブームは起きなかったことである。第1次ベビーブームは1947年から49年にかけて、第2次ベビーブームは71年から74年にかけての時期である。前者に生まれた世代は「団塊の世代」、後者は「団塊ジュニア世代」と呼ばれるが、団塊ジュニア世代が30歳前後であった2000年代前半は第3次ベビーブームが起こるどころか、05年にはその時点で戦後最低の1.26にまで出生率が下がっている。その後は緩やかに回復していたが、この10年程度は再び低下傾向にあり、24年には戦後最低の1.15にまで下がった。
今年(2026年)は60年ぶりに干支の「丙午」に当たる年だが、前回の1966年は1.58という当時の戦後最低の出生率を記録した。その理由は、丙午の年に生まれた女性は気性が荒く、男性を食い殺すなどという迷信が広く信じられており、出産を控える人が急増したためである。令和時代の今日にあっては、迷信を理由とした出生数の急減は考えにくい。しかし、2026年の出生数・出生率が1966年当時のそれにすら遠く及ばないことは確実である。1966年の出生数は1,360,974人、出生率は1.58だったが、2024年の時点で出生数は686,173人、出生率は1.15である。1990年には前年(89年)の出生率が丙午の年をも下回る戦後最低の1.57だったことが判明し、「1.57ショック」と呼ばれるほどの衝撃を社会にもたらしたが、1990年代以降この30年あまり、1.57に達したことは一度もない。
人口規模を一定に保つのに必要な出生率を「人口置換水準」という。現代の日本では2.1弱である。第2次ベビーブームが終わった1970年代後半以降、今日まで、出生率はこの水準を下回り続けている。その結果として、日本の人口は2008年の1億2808万人をピークにして減少局面に入った。2024年(10月1日現在)の時点で1億2380万人となり、08年と比べて約430万人減っている。個々の自治体のレベルでみれば、人口減少はいっそう明白である。
少子化とともに高齢化も同時に進んでいる。以前は老年人口(65歳以上)よりも年少人口(0〜14歳)の方が多かったが、今では完全に逆転している。全人口に占める割合は、年少人口が11.4%であるのに対して、老年人口は29.1%に達する。従属人口指数の観点からみると、2023年の年少人口指数(15〜64歳の生産年齢人口に対する0〜14歳人口の比率)は19.2、老年人口指数(同じく65歳以上人口の比率)は49.0である。要するに、単純計算でいえば、現役世代10人で2人の子どもと5人の高齢者を扶養するという構造になっている。
少子高齢化や人口減少が進んでいる状況を踏まえれば、公共政策の選択肢の幅は自ずと狭くならざるを得ない。マクロレベルでの人口動態がもたらす危機は認識されにくく、また終りが見えない「忍び寄る危機(creeping crisis)」であるが、その影響は着実に社会全体、そして行政や公共政策のあり方にも及ぶ。実際、地方の自治体では人口減少が進み、忍び寄る危機ではなく、すでに眼前の危機として表れている。1990年代以降進められてきた地方分権化の潮流が近年滞り始め、むしろ集権化への逆流が起きているのも、自治体の人員不足という人口的要因によるところが大きい。社会保障財源としての消費税をめぐる議論も同様だ。2014年に日本創成会議が自治体の消滅可能性に警鐘を鳴らしてから10年以上の歳月が流れたが、人口動態という構造的制約を踏まえた政策立案の能力は政策担当者にとってますます重要となってきている。
参考文献
吉川徹(2025)『ひのえうま――江戸から令和の迷信と日本社会』光文社新書。
厚生労働省(2025a)「人口動態調査 人口動態統計 確定数 出生」(上巻4-1)
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/database?page=1&layout=datalist&toukei=00450011&tstat=000001028897&cycle=7&tclass1=000001053058&tclass2=000001053061&tclass3=000001053064&tclass4val=0
厚生労働省(2025b)「令和6年(2024)人口動態統計(確定数)の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei24/dl/15_gaikyouR06.pdf
西岡晋(2025)「なぜ少子化が進むのか」岩崎正洋編『政治に正解はあるのか』日本経済評論社、19-32頁。
西岡晋(2016)「少子化」岩崎正洋編『日本の政策課題』八千代出版、1-18頁。
Boin, Arjen, Magnus Ekengren, and Mark Rhinard (2021) Understanding the Creeping Crisis, Cham: Palgrave Macmillan.