INSIGHTS
テーマ

【前半】生成AIを利用したEBPM実践に向けた一考察 ―地方自治体における政策立案に生成AIをいかに使うか/使わないか― サムネイル

【前半】生成AIを利用したEBPM実践に向けた一考察 ―地方自治体における政策立案に生成AIをいかに使うか/使わないか―

  • 福島大学
  • EBPM
  1. はじめに
  2. 生成AIの特性:得意分野と不得意分野
  3. 自治体におけるEBPMの現状と課題

はじめに

 総務省が2025年度に全国の都道府県・市区町村を対象に行った調査によれば、生成AIを導入済みと回答した自治体は都道府県・政令市ではともに100%、その他の市区町村でも45.6%に上っており、実証中・導入予定・導入検討中を含めると88%に達する(総務省 2026)。2022年末に米・OpenAI社の生成AI「ChatGPT」がリリースされ、「第4次AIブーム」と呼ばれるほど社会において生成AIの普及が進んだわけだが、約3年というわずかな期間に自治体においても、急速に導入が進んだことになる。
 一方で、自治体で遅々として普及が進まないものもある。その一つが、EBPM(Evidence Based Policy Making、科学的証拠に基づく政策形成)であろう。日本におけるEBPMの本格的なはじまりは、2016~2018年頃とされる(杉谷 2026)。この前後に、統計改革推進会議の設置や官民データ活用推進基本法成立、統計法一部改正など、行政におけるデータの活用を推進する動きが国レベルで始まったことが、その所以だが、それから約10年が経過した現在、国・自治体ともにEBPMが広く普及していると評価することは難しいだろう。例えば、筆者らが2024年に福島県内の市町村を対象に実施した調査では、EBPMを「推進している」と回答した割合は10.9%、「推進に向けて具体的な検討を進めている」を含めても16.4%にとどまっていた(加藤他 2025)。また、2026年現在の状況を改めて調査しているのだが、劇的な変化は見られないというのが実情である。
 EBPMも生成AIも、国が法的拘束力をもって自治体でその導入を推進してきたわけではない。それにもかかわらず、生成AIはわずか3年でこれだけ普及が進み、EBPMは10年経っても進まない。もちろん、技術と概念・仕組みという異なるレイヤーのものを単純に比較するのは、やや乱暴な議論だろう。しかし、両者はいずれも「自治体のリソースがひっ迫する中で、持続可能な自治体を実現する」ための手段として捉えることは可能である。そして、筆者は生成AIが自治体でこれだけ普及した現在、EBPM実践のハードルは大きく下がるのではないかとも考えている。
 そこで、本稿では生成AIとEBPMについて改めて整理したうえで、生成AIをEBPM実践にどのように活用するのかを考察してみたい。

生成AIの特性:得意分野と不得意分野

(1)生成AIの得意分野:要約・定型文の作成

 まず、生成AIの得意分野として挙げられるのが、大量のデータを定型的に要約することである。
 先の総務省の調査では、自治体において、どのような業務に生成AIを使用しているのかを尋ねており、それを見る限りでは「あいさつ文案の作成」や「議事録の要約」、「議会の想定問答の文案作成」など広範な業務で使用されているのだが(総務省 2026)、とどのつまり、定型性をもった文章案の作成に生成AIが使用されていると表現できるだろう。
生成AIは元となる膨大な文書や長時間の音声データ(データ)を渡せば、ある程度、要点を押さえた形で整理してくれる。また、文章のフォーマットさえ渡してしまえば、そのフォーマットに沿った文章を出力してくれる。そして、これらの処理は、人間が指示文(プロンプト)を入力し、エンターキーを押せば大抵の場合、わずかな時間しかかからない。もちろん、実務においては生成AIが出力した文章案をそのまま使用できるわけではない。そのため、最終的には人間が確認・修正を行う必要があるのだが、それでもこれまで文章作成に要していた時間的、労力的、そして、その背景にある人件費という金銭的コストと比べれば、圧倒的な低コストで必要な文章が作成できる。
 つまり、生成AIは、大量のデータとアウトプットのフォーマットを渡せば、適切に要約した文章を生成してくれる。これは、間違いなく生成AIの得意分野である。

(2)生成AIの不得意分野:正確な情報の収集・論理的な思考・批判的吟味

 ただし、適切なデータを渡さなかったり、形式ではなく内容面での吟味が必要とされたりする場面では、生成AIの出力は物足りないことが多いだろう。例えば、ハルシネーションはその典型である。ハルシネーションとは、生成AIが事実とは異なる事柄を事実かのように出力する現象のことである。
 例えば、先日、筆者は「ある自治体の2010年の人口を国勢調査から教えてください」といったプロンプトを生成AIに与えた。そうすると、生成AIは自信満々に何人という数字を示してきたのだが、よくよく確認してみると、これはその自治体が公表していた住民基本台帳の人口であった。どちらも人口であることには変わりはないのだが、生成AIは時点や出典が異なる情報を区別せずに示すことがある。このように正確な情報の収集という、データを与えたうえでの出力ではなく、ゼロから出力させると、その精度は著しく低下する。
 また、生成AIは、概念を正しく運用する能力も心許ない。こちらも筆者の体験だが、生成AIに「通常のじゃんけんとは逆のルールで勝負をしよう」とけしかけたことがある。すなわち、グーに勝つのは、本来ならパーだが、負けるはずのチョキを勝ちとするルールにした。そのうえで、私は「パーを出すので、勝ってください。」とプロンプトを与えたのだが、生成AIは真っ先に「チョキ」と回答した。もちろん、ここでの正解は「グー」だが、生成AIはこのような単純な論理的推論を間違えることもある。
 このような現象を説明する用語として「ポチョムキン理解」がある。これは、生成AIが概念(例えば、ここでのイレギュラールール)の説明はできるものの、その概念を正しく運用することはできず、あくまでも「見かけ上の理解」しかしていないことを指す言葉である。ここ数年の生成AIの推論能力は飛躍的に向上しているので、将来的に「ポチョムキン理解」は改善される可能性もあるだろうが、少なくとも丁寧な論理的思考を生成AIに丸投げするのは時期尚早と言えるだろう。
 さらに、生成AIの危うさとして、シコファンシーも指摘できる。シコファンシーとは、英語で迎合などを意味する言葉だが、ここでは生成AIが人間に対し、迎合的な態度を取ることを指す。例えば、自分で作成した文章を生成AIに読ませると、生成AIは真っ先に「素晴らしいですね」と褒めそやす。もちろん、人間としては悪い気分はしないのだが、それを真に受けて、その文章を上司に持って行くと、赤だらけで返ってくるということは、ままある。生成AIが人間に迎合的な態度をすることは、それがサービスであることを鑑みれば、当然ではあるのだが、裏を返せば批判的吟味の欠落を意味するので、このあたりも生成AIの行動特性として理解しておく必要がある。
 ここまで、ハルシネーション・ポチョムキン理解・シコファンシーという生成AIの特性を述べてきたが、これをまとめると、生成AIの不得意分野として、①正確な情報の収集、②論理的な思考、③批判的吟味、が挙げられる。ただ、これらは程度の問題でもあり、必ずこれらの領域で生成AIは失敗するわけではない。ただ、失敗することも少なくないので、それを踏まえた「生成AIとの付き合い方」が人間に求められる。
 このように生成AIは有用である一方、技術的特性からくる限界も多い。では、これを理解したうえで、EBPM実践に生成AIをどう活かせるのか。それを考えるために、次は自治体におけるEBPMの現状と課題を整理してみよう。

自治体におけるEBPMの現状と課題

(1)EBPMとは

 内閣官房の説明によれば、EBPMとは「①政策目的を明確化させ、②その目的達成のため本当に効果が上がる政策手段は何かなど、政策手段と目的の論理的なつながり(ロジック)を明確にし、③このつながりの裏付けとなるようなデータ等のエビデンス(根拠)を可能な限り求め、「政策の基本的な枠組み」を明確にする取組」とされている(内閣官房 2025)。より単純化すると「政策目的とロジックを明確にし、その裏付けをデータで示すこと」をEBPMと捉えている。
 では、このようなEBPMを実践するための具体的な流れはどのようになるだろうか。図1は、大竹他(2022)を一部、修正したEBPMの手順を示した図である。

図1:EBPMにおける政策形成プロセス

出典:大竹他(2022)より筆者一部修正・加筆

 EBPMの最大の特徴は、政策立案プロセス(図中②~④)に表れる。
 庁内で対応が必要となった課題について、まずは「改善すべきアウトカムを特定する」。すなわち、何を改善するために取り組むのかという政策目的を明確にする。そのうえで、「仮説的なロジックモデルを作成する」において、設定した政策目的と検討している政策メニューがどのような経路でつながるのかをロジックモデルと呼ばれる図に落とし込む。しかし、これだけでは根拠が乏しいので、本当にその政策を実行すると、狙いどおりに指標が改善されるのかを学術研究などにあたって「エビデンス」を収集・吟味する。もし、狙いどおりの効果があるとするエビデンスがあれば、ロジックモデルを微修正して、政策決定・実施・評価に移行すればよい。逆に、狙いどおりの効果はないとするエビデンスがあったり、そもそもエビデンスがなかったりする場合は、ロジックモデルの精度を高めつつ、事後的に効果検証ができるような仕組みを整えていく必要がある。
 ちなみに、EBPMでいう「エビデンス」は日本語訳の「根拠」より狭い概念であることが多い。
 例えば、近隣市で道の駅を新たに整備した結果、多くの来訪者で賑わったという話があったとする。このエピソードを根拠に「わがまちにも道の駅を整備しよう」と語るのはEBPMではない。なぜなら、近隣市の成功譚は、自分たちのまちでも道の駅を整備すれば多くの利用者で賑わう(地域経済に恩恵がある)ことを保証するものではないからだ。道の駅整備という要因が、地域経済活性化という結果を常にもたらすとは限らない。もしかすると、うまくいった近隣市は域内に高速道路のICや主要道路があったため、通行者の多くが道の駅に立ち寄っただけかもしれない。また、近隣市の周辺にまったく道の駅やその他これに類する便益施設がなかったために、物珍しさやある種、独占的な立場でサービスを提供できたからということも考えられる。
 このように考えると、「道の駅整備→地域経済の活性化」という関係は「空中でボールを持った手を放すと下に落ちる」のような物理法則とは異なり、必ずしも常に成立する関係性ではない。まして、その根拠が近隣市というわずか一つのエピソードであるならば、あまりにも根拠として弱い。EBPMにおけるエビデンスは、このようなエピソードではなく「統計的因果推論」などと呼ばれる統計学的手法を用いて、データによってある取組とその結果の関係が(ある程度)どこでも・いつでも・誰にでも成立しうること、つまり因果関係を示したものをいう。
 このような厳密な意味の「エビデンス」をもとに政策を展開していくというのは、裏を返すと「実効性に乏しい政策から縮小・撤退する」ことを意味する。既に、多くの自治体では対応しなければならない業務が肥大化している一方で、新人職員や技術職の採用難や中堅職員の離職などで人手不足も深刻化している。人手不足とは、単に人員が少ないことで生じるものではなく、人員と業務量のバランスが崩れたときに発生するものである。人員確保が困難になっている以上、政策の必要性・実効性を考慮し、その結果として業務量を減らすことも考えなければならない。
 ある政策からの縮小・撤退は住民との十分なコミュニケーションをとったうえで進めていくべき事項である。もちろん、学校など公共施設の統廃合が典型例だが、撤退戦は合意形成が特に困難なコミュニケーションでもある。しかし、EBPMの一環として、政策目的の明確化やロジックの整理、その裏付けとなるデータ・エビデンスの整理をしておけば、住民の理解も得られやすくなるだろう。現実には、それだけで納得を得ることは難しいだろうが、目的・ロジック・データを使って、行政と住民の目線合わせをするだけでも、対話は格段にしやすくなるのではないだろうか。
 このように、EBPMは、自治体のリソースがひっ迫する中で、持続可能な自治体を実現するための手段としての側面を有しており、国だけでなく自治体においてもEBPM推進の必要性は高い。 

(2)自治体におけるEBPMの現状と課題

 自治体においてもEBPM推進の必要性は高いが、現実には思うように進んでいない。前述のとおり、筆者らが2024年に福島県内の市町村を対象に実施した調査では、EBPMを「推進している」と回答した割合は10.9%にとどまっていた。さらに、EBPMを推進していると回答した自治体が実際に何をやっているのかを分析したところ、関連が認められたのは「公的統計等の既存データの調査・分析」と「ロジックモデルの作成」だけであり、EBPMの本丸である因果関係にまで言及したエビデンスの収集・吟味については、EBPMを推進している自治体においても、ほとんど行われていなかった。
 では、なぜ自治体においてEBPMが進まないのか。同調査では、EBPM推進上の課題を複数回答で尋ねているが、最も多かった回答が「手法に関するノウハウ・知識が足りない」(83.7%)で、次いで「人手が足りない」(57.1%)、「庁内の理解が足りない」(51.0%)であった(加藤他 2025)。
 おそらく、知識不足・人手不足・理解不足という三つの課題は、それぞれが独立しているのではなく、密接に絡み合っているのではないだろうか。例えば、厳密なエビデンスを収集しようとすれば、英語の学術論文にあたる必要があり、真っ先に語学の壁に直面する。また、英語が問題なく読解できたとしても、統計学などの専門知識がなければ、その論文を理解することは難しい。さらに、エビデンスの収集・吟味の前段階である、ロジックモデルの作成やアウトカムの設定も「言うは易く行うは難し」で実際にやろうとすると、時間的・労力的コストを相当、投入しなければならない。
 このように書くと、自治体職員の能力不足のように聞こえてしまうかもしれないが、決してそういう意味ではない。多くの場合、これらに苦労するのは、単に慣れの問題かと思う。ロジックモデルの作成も、あまり明示されていないが、行政実務とは異なる思考様式を前提としている。通常と異なる思考様式を運用できるようになるには、適切なフィードバックがなされるトレーニングを何度も経験するしかない。
 では、現実的にそのようなことが時間的に可能かといえば、恐らくそうではないだろう。多くの場合、原課は通常業務を抱えながら、政策部門から言われたのでロジックモデルなる様式を作成しなければならない。ただでさえ、忙しいところに慣れない業務を追加される負担感は相当なものになるはずだ。なお、ここまで「政策」という言葉を使用してきたが、実際にロジックモデル作成などEBPMを実践する際に用いられる単位は「事業」である。一つの担当課が抱える事業の数は決して少なくないため、作成しなければならないロジックモデルの数も一つ二つではない。さらに、事業の中には法定受託事務や政治案件ゆえに、実施しないという選択を事実上、取り得ないものや長年、実施してきたために「実施すること自体」が目的になってしまい、改めて事業の目的を問われても言語化やその根拠を示すことが難しいものもあるだろう。しかも、ロジックモデルには正解がないので、自分が作ったロジックモデルが良いのか悪いのかの判断が難しいうえ、それを適切にチェックしてくれる人材が課内どころか庁内にすらいないこともある。これでは数をこなしても、慣れていくことは難しい。
 以上のようなEBPMが前提とする教科書的な政策立案プロセスと現実の高度に複雑化した政策立案プロセスの食い合わせの悪さが、担当課におけるロジックモデル作成の負担をさらに過剰なものにし、その結果が「人手不足」や「理解不足」と形容されているのだろう。

執筆者

加藤 穂高

福島大学 教育推進機構 「地域×データ」実践教育推進室  特任講師