自治体システム標準化・ガバメントクラウドの推進で顕在化した国・地方のデジタル政策における制約条件(前半)
- デジタル
はじめに
人口減少が進む我が国では、国と地方が連携しシステムの共通化・標準化を一層進めることが求められている。例えば、デジタル行財政改革会議における主要政策の1つである「国・地方デジタル共通基盤の整備・運用」では、令和7年度・令和8年度に選定した対象の共通化を進め、制度所管省庁が自治体との意見交換や実証を推進している[1]。
自治体システム標準化・ガバメントクラウドの推進も、国が補助金を投入し、総務省が作成した手順書を参考に、地方自治体が標準準拠システムへの移行およびガバメントクラウドへの移行することを求めており、国が主導する国・地方共通のデジタル政策として捉えるべきである。他方で、全地方自治体が期限内に20の基幹業務システムを一斉に移行することを求められた結果、実施過程で大きな負担が発生し、期待された効果が発現せず、この点に対し地方自治体から問題視する声が相次いだ。
人口減少下で、国と地方が連携して業務やシステムの共通化・標準化を進める必要性が失われたわけではない。むしろ、今回の経験を振り返り整理しておくことは、今後の同種政策を検討する際の参考となる。本稿では自治体システム標準化・ガバメントクラウドの経過を振り返り、実施過程で現れた「制約条件」を、公表されている国の検討会資料等を基に整理する。
自治体システム標準化・ガバメントクラウド推進の全体像
(1)検討概要
自治体システムの標準化に関する検討は、平成30年7月の総務省「自治体戦略2040構想研究会」で、「スマート自治体への転換」が示されたことに始まる。令和元年5月の総務省「地方自治体における業務プロセス・システムの標準化及びAI・ロボティクスの活用に関する研究会」(以下「スマート自治体研究会」という。)では、システムの標準化は、「自治体・ベンダを含む関係者がコミットした形で各行政分野のシステムの標準を設定するとともに、標準仕様書の作成は原則1年以内で行うべき」ことを示した[1]。同年8月には住民記録システム等標準化検討会が設置され、令和2年9月に住民記録システム標準仕様書の第1版が策定された。
令和3年5月に地方公共団体情報システムの標準化に関する法律(以下「標準化法」という。)が成立し同9月に施行された。令和4年10月に閣議決定された「地方公共団体情報システム標準化基本方針」(以下「標準化基本方針」という。)は、標準化法にいう標準化基準の内容に関する基本的な事項を定めるにとどまらず、基準への適合を確認する責任の所在をも定めた。標準化法・標準化基本方針では、地方自治体に対し、標準化対象事務に係るシステムは、標準仕様書に準拠したシステムを利用することを求めるだけではなく、仕様に記載された機能のみを許容し、記載されていない独自機能の実装を禁止することにより、事実上カスタマイズを不可とした。加えて、ガバメントクラウドの利用の努力義務を課した[2]。また、データ要件・連携要件はデジタル庁が適合確認試験を実施する一方で、機能要件等は実装必須機能と標準オプション機能が実装されていること、かつそれ以外が実装されていないことを、令和8年4月1日までに地方自治体が確認する必要があるとされた[3]。
(2)施策概要と特徴
自治体システム標準化は、国が地方自治体・業界団体と連携し一律の標準仕様書を策定する「標準設定型」のアプローチである。ただし、スマート自治体研究会は、標準化の方策として、国等が標準的な内容を設定し各市区町村に準拠を促す標準設定型アプローチと、市区町村間の協議に委ねつつ共同化を通じて標準化を促す共同化型アプローチとを比較したうえで、両者を並行して進めることとした。
標準を設定するための課題の1つに地方自治体と事業者との関係があり、スマート自治体研究会は、「三すくみ」と表現した。これは①所管府省にとってはカスタマイズの多くが法令・通知より細かく、実務を担っていない所管府省ではその良し悪しを判断できないこと、②地方自治体にとっては法令・通知等の解釈が必ずしも明確でないことが多く、担当者間の水平的調整のみでは調整コストが高く決着できないこと、そして③事業者にとっては発注者である地方自治体の要望を受け入れざるを得ないことである。国が標準を定めることは、この三すくみを解消し、事業者が個別の要望に応じ続ける構造を断ち切る手段として意図された。
政策の特徴として、第一に国・地方自治体・事業者の三者で構成され検討が進められている点にある。制度所管省庁はおおむね、検討会と全国の地方自治体・事業者に対する意見照会を経て標準仕様書を公表するプロセスを踏んでいる。事業者はこれに準拠したパッケージを開発して地方自治体に提供する。地方自治体はそれを調達し、現行システムからのデータ移行等を行って運用を開始する。ガバメントクラウドも基本的な構造は同様であり、デジタル庁が仕様を定めてクラウドサービスプロバイダー(CSP)を調達し、地方自治体に払い出したアカウント上に、事業者がシステムを構築する。つまり、国から地方自治体へ直接に働きかける経路と、国が策定した各種標準仕様書等を基に事業者を介して地方自治体に届く2つの経路が存在する。
第二の特徴は、期限と数値目標が全国一律に設定されたことである。標準化基本方針は、地方自治体が原則として令和7年度(2025年度)末までに標準準拠システムへ移行することを目標とした。あわせて標準化対象事務に関する情報システムの運用経費等について、移行完了後に平成30年度(2018年度)比で少なくとも3割の削減を目指すこととした。
第三の特徴は、当初想定された標準準拠システムの移行だけではなく、ガバメントクラウドへの移行が努力義務として課された点である。これにより、アプリケーションレイヤーだけではなく、インフラ含めた対応が地方自治体・事業者は求められ、対応すべき範囲が飛躍的に拡大した。地方自治体は単純にシステムを移行させるだけではなく、特にガバメントクラウドへの接続、ネットワークに関する調整が求められ、事業者は標準準拠システムへのアプリケーションの改修だけではなく、パッケージ全体の見直し検討が必要となった。
[1]総務省「地方自治体における業務プロセス・システムの標準化及びAI・ロボティクスの活用に関する研究会 報告書―「Society 5.0時代の地方」を実現するスマート自治体への転換―」(令和元年5月)
[2]総務省「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律(令和3年法律第40号)の概要」
[3]「地方公共団体情報システム標準化基本方針」(令和4年10月7日閣議決定、令和5年9月及び令和6年12月改定)
顕在化した制約条件
実施過程で現れた制約条件を三つに整理する。第一に政策の実施状況の把握とその軌道修正が難しい点、第二に政策実施の局面における裁量発揮が制約された点、第三に公共システム分野における事業者のインセンティブ設定である。
(1)政策の実施状況の把握と軌道修正が難しい
総務省は標準化PMOツールを整備し、移行作業を40のステップに分解した手順書を示したうえで、定期的に地方自治体に進捗状況の報告を求め、この結果を公表してきた。しかし、この公表資料には総務省自身による留意事項が付され、各ステップの作業量には差があるため移行作業量全体に対する完了率ではないこと、そして進捗状況は各団体の個々のシステムの事情やベンダ側のリソースの影響を受けたものであることが明記されている[1]。
このことは、令和8年度以降の移行とならざるを得ないことが具体化したシステム(当初は「移行困難システム」、令和6年12月の標準化基本方針改定以降は「特定移行支援システム」)の把握の経過に数値としても現れた。デジタル庁と総務省は定期的に該当見込みを公表してきた。公表値は令和6年10月末時点で2,165システム(6.3%)、令和7年1月末時点で2,989システム(8.6%)、同年4月末時点で3,279システム(9.5%)、同年7月末時点で3,770システム(10.9%)、同年10月末時点で5,009システム(14.5%)と推移した。ところが、同年12月末時点では8,956システム(25.9%)と、わずか二か月で約1.8倍に増加し、移行期限を経過した令和8年3月末時点で確定した数は10,013システム、移行対象となる全34,366システムの29.1%となった[2]。遅延の顕在化は、移行期限直前に集中している。最終的に全体の約三割に達する規模の遅延が、期限の五か月前から三か月前にかけての短い期間に表面化した。
図表1 特定移行支援システムの推移
注:令和8年3月末は移行期限経過後の確定値、それ以前は各時点の該当見込み数
注:標準準拠システムへの移行対象となるシステムは、34,592システムとしていたが、最終的には34,366システムとなっている
出所:デジタル庁「特定移行支援システムの該当見込み(概要)」各回等を基に筆者作成(脚注6参照)。
もっとも、このことは把握の努力が不足していたことを意味しない。調査は繰り返し行われ、報告のあった団体にはヒアリングも実施された。にもかかわらず実態の把握が難しかった理由は、遅延の主たる原因が事業者側にあり、事業者の作業状況が国からも地方自治体からも正確に把握することが難しいからである。特定移行支援システムとなった主な要因は、移行期限が迫るにつれ、移行作業やその直後の運用に想定以上のSEリソースが必要であることが判明したこと等により、事業者による移行スケジュールの大幅な見直しが行われたことであるとデジタル庁は説明している。つまり、標準仕様書を基にシステムを開発する今回の取組みではクリティカルパスを事業者が握った。
標準は省令および標準仕様書によって定められ、この策定・改定は検討会と全国意見照会というプロセスを経る。これらプロセスは、スマート自治体検討会当初から意識されているとおり、地方自治体と事業者の意見を反映させ、標準仕様書の実効性を担保するために必要なステップである。しかしそれは同時に、実施過程で判明した問題に対して迅速に基準を変更する制約となった。また、標準仕様書は制度所管省庁が各所管業務に定めるが、特にシステム間連携の観点から複数の標準仕様書は相互に連動する部分を有しており、ある標準仕様書の改定が他の業務のシステムに波及する可能性がある。このため、デジタル庁は標準仕様書間の横並び調整方針を定めている[3]。令和6年12月の標準化基本方針改定では、標準仕様書の改定は遅くとも施行日の1年以上前とし、これが困難な場合であっても制度改正の検討段階から広く自治体や事業者に影響を確認するというルールが閣議決定された。
さらに、標準仕様書の改定は要件の変更であり、事業者の開発工程の手戻りになるため、改定により事業者の負担が追加される点は事業者視点で重要である。開発状況次第であるものの、一般的に要件が変更されると、事業者は改定内容の把握と開発中システムへの影響分析、関連する他業務の標準仕様書やデータ要件・連携要件との整合確認、設計見直しと改修、改修部分および既存機能の検証といった作業が発生する。特に、今回のような移行作業が全国一律の期限に向けて集中している局面での相次いだ仕様改定により、この追加負担がそのまま事業者のリソースひっ迫につながった。
標準仕様書の修正に踏むべきステップは一定程度の時間・調整コストを要するだけでなく、事業者の負担が追加されることは、修正の機動性が構造的に確保しにくいことを端的に表している。
(2)地方自治体の政策実施面における裁量発揮が制約された
令和3年度の標準化法成立・ガバメントクラウドの調達以降、地方自治体の標準準拠システムへの移行に向けた各種作業およびガバメントクラウドへの移行作業と並行し、標準仕様書の策定、ガバメントクラウドの調達および各種ガードレールの設定および具体化が行われた。地方自治体は、デジタル庁をはじめとする制度所管省庁に標準仕様書の内容やガバメントクラウドに関する疑義等を随時確認した。デジタル庁及び制度所管省庁は地方自治体からの疑義に随時回答しつつ、不備があれば標準仕様書の改定・レファレンスの策定・ガイドラインの策定等で対応した。こうした構造により、デジタル庁をはじめとする制度所管省庁は様々な意見照会が短期間で集中するだけでなく、地方自治体内で判断を完結させることができず、プロジェクトに関する各種課題に対し、迅速な対応が難しくなった。同様に制度所管省庁における標準仕様を策定する検討会を通じ、これと類似の事象が制度所管省庁と事業者との間にも発生したと推察される。
他には事業者の選定が挙げられる。特定移行支援システムを有する地方自治体のうち、現行システム提供事業者の撤退等により次期事業者の選定に至っていない団体について、デジタル庁は事業者協議会を通じて各事業者の受入れ検討条件をアンケートで収集し、当該団体に情報提供する取組を行っている。令和8年2月10日時点で、延べ115団体に対して情報提供が実施された[4]。国が事実上のマッチング機能を担わざるを得なくなっているという事態は、移行期限までに地方自治体が自らの調達によって競争性を担保したうえで事業者を確保するという前提が、一部地域と業務で成り立たないことを示唆している。
地方自治体は、住民サービスの基盤である基幹業務システムの移行を確実に完了させる責任を負いながら、その推進には様々な制約条件が存在した。
(3)公共システム分野における事業者のインセンティブ
この政策における最も重要な制約条件は、事業者の行動に国が実効的な関与手段を持たない点にある。このことは、特定移行支援システムの事由別の内訳に端的に表れている。令和8年3月末時点の10,013システムのうち、現行システムがメインフレームで運用されているものは44システム、パッケージシステムではない個別開発システムで運用されているものは190システムにとどまる。これに対し、現行事業者が標準準拠システムの開発を行わないとしており、かつ代替システム調達の見込みが立たないものが189システム、事業者のリソースひっ迫による開発又は移行作業等の遅延の影響を受けるもの等が9,590システムである[5]。最後の事由だけで全体の約95%を占める。移行が期限内に完了しなかった最大の理由は、事業者側のリソース不足である。
この政策は事業者にとって何を意味したかを検討しなければならない。標準仕様書記載以外の機能追加を原則認めない「ホワイトリスト方式」を採用しており、単純に考えれば、カスタマイズによる収益機会を縮小させる。また移行作業そのものには膨大なエンジニアリソースを要し、この需要は全国一律の期限に向けて一時に集中し、期限後には急減する。原理的に考えれば移行後は、仕様が共通化されるがゆえに価格競争が働きやすくなる可能性がある。言い換えれば、事業者から見れば一時的にきわめて大きな作業負荷を負う一方で、単価の低下する可能性がある市場に残るかどうかを判断する構図になった。
加えて、キャッシュフローの課題が存在する。国の財政支援は、事業者には地方自治体との契約を通じて間接的に届く形態を取る。このうえに、地方自治体から事業者に入金されるまで数年以上の時間を要する。特にガバメントクラウドの登場により、標準仕様書へのシステム改修ではなく、システムのインフラ部分含めたパッケージシステムの全体の再開発が必要となった。つまり、パッケージシステム開発に当該企業単体で膨大な投資費用を要し、投資費用を回収できるまで数年の時間を要する。
現実的に、国が事業者に対して用いうる実効性のある手段は極めて限られていた。国がもつ手段は、実質的に標準仕様書およびガバメントクラウドで設定された各種ガードレールによる技術面における統制、事業者協議会を通じた情報共有およびコミュニケーションに留まった。
[1]総務省「自治体情報システムの標準化・共通化」
[2]各時点の数値は、デジタル庁が随時公表した「特定移行支援システムの該当見込み(概要)」各回及びデジタル庁「移行支援期間における特定移行支援システムの数について(令和8年3月末時点)」
[3]デジタル庁「地方公共団体の基幹業務システムの統一・標準化に関する共通機能等課題検討会」
[4]総務省・前掲「地方公共団体情報システムの標準化・ガバメントクラウドについて」(地方財政審議会提出資料)
[5]デジタル庁「移行支援期間における特定移行支援システムの数について(令和8年3月末時点)」(令和8年6月30日公表)
なお、構成比95.8%は当該数値に基づく筆者算出。